第7回進化経済学会学会賞決定のお知らせ
2022年9月18日
進化経済学会賞選考委員会
授賞作品タイトル:”A two‑class economy from the multi‑sectoral perspective: the controversy between Pasinetti and Meade–Hahn–Samuelson–Modigliani revisited.” Evolutionary and Institutional Economics Review, 2022,19(1), 239-270.
著者名: Kazuhiro Kurose(黒瀬 一弘)
授賞理由
黒瀬一弘会員の論文は,異質な資本と商品がある多部門モデルと,労働者と資本家の最適化とを統合することで,かつてケンブリッジ資本論争において,その妥当性をめぐって検討されたパシネッティ均衡,双対均衡,あるいは反双対均衡の存在を再検討することを試みたものである。
これらの均衡が成立する条件は,先行研究でも検討されてきたが,本論文の独創性あるいは新奇性として,次の4点が挙げられる。第1に,多部門モデルにおいて,無限視野,世代重複のそれぞれで生きる労働者と資本家の最適化行動をミクロ的基礎として導入しても,パシネッティ均衡と双対均衡が存在しうることを新たに証明したこと,第2に,均斉成長における両階級の貯蓄率を時間選好率から導出し,これに関連付けてケンブリッジ方程式を特徴づけた点,第3に,そのうえで,利潤率の変化に伴う技術の切り替えにより,資本集約度が新古典派の想定と異なる方向に変化する場合があることを理論と数値計算によって厳密に示した点,以上をもって第4に,資本を本源的生産要素として投入する新古典派生産関数に替わる所得と富の分配を分析するモデルを構築する意義を提示した点にある。
本論文は,ケンブリッジ資本論争での争点を再考し,資本逆行といった新古典派経済学とは異なる含意の導出や,その現代的な意味づけを新しい形で行った研究として,進化経済学の発展,とりわけ生産と価値および分配の基礎理論の一つを提供する貢献をしたものと言える。これらの貢献は,新しい経済学の構築を目指す本学会会員の研究成果として高く評価できるのみならず,これにより多部門からなる経済の動学分析へのさらなる関心の高まりと波及を通じて,進化経済学の今後の発展も期待できる。
*なお,併せて審査を行いました第3回進化経済学会奨励賞は該当者なしとなりましたことを申し添えます。